先日パリ在住のエステティシャンが書いた軽いエッセイのようなものをなんとなく読んでいたら、その方が日本人女性は「マッサージをしなければならない」「食事はこう気をつけなくてはならない」と"~ねばならない"発想に陥りがちなのに対し、フランス人女性は「スリムになってたまにはいつもと違うお洒落をしてみたい」「生き生きとした自分を取り戻したい」など、"~したい"気持ちをいつも大切にしているし忘れないと書いていました。
それを読んで、「嗚呼、今私も思いっきり"~せねばならない"思考に陥ってるよ!」と思いましたね…笑
それはきっと日本人のほうが真面目な性質だからだろうし、必ずしも悪いことばかりではないとも思うけど、「~しなければならない」を表情に変換するなら"眉間に皺"だろうし、「~したいわ」を表情に変換するなら"笑顔"って感じがするのも確かではないでしょうか。これはやっぱり心に余裕がない、あまりハッピーではない意識の持ち方のような気がします。
私はいつもどんな時も天使達にサポートを願うことは忘れていないつもりです。でもそんな時も「~しなくちゃいけないから、よろしくね」という感じなのです。これを読んでいるあなたも、そうではありませんか^_^;!?
例えば私は1月から新しい勉強を始めているのですが、とても面白いのだけど、頭の中はいつも「寝坊しないように起きなきゃ」「毎日課題をやらなきゃ」「テキストを読んで頭に入れなきゃ」という感じなのです。
この、"~せねばならない"気持ちを、「オーラやエネルギーやスピリチュアルなヒエラルキーに関する形而上学の新たな知識を学んで、自分自身をよりハッピーに成長させたい、仕事や人生にもポジティブに生かしたい」という、そもそも申し込んだ時の本来の気持ちに変えてみるだけでも、基本に戻ったような思いで心がわくわくしてきます。
これからは自分が「~しなくちゃ」状態に陥っていないか、何をするにしても「~したい」という、本来のポジティブな気持ちのほうを忘れないよう、意識的に選択していくぞと気を引き締めています。これもまた"~ねばならない"的かも知れないですけど(笑)、「~しなくちゃ」であり続けるよりは明らかに良い意識状態だろうと思いますので。
お得な紹介制リーディングセッション申込み受付中です(3月1日~5月31日)
お問い合わせ・お申込みお待ちしております:irise(イリゼ):エンジェルライトワーカー、エネルギーの目で視た人生、人間関係、心身の健康のアドバイス:スピリチュアルリーディングエンジェル、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座
2014年3月3日月曜日
2014年2月19日水曜日
"My religion is not deceiving myself. (私の信仰は自分自身を偽らないこと)"
FBで拾ったのですが、ミラレパの言葉だそうです。実はミラレパってどんな人か知らなかったんですが、とても良い言葉だなと思いました。
自分自身を偽らない事は時に周囲からはみ出すことにもなるだろうし、日本では自分らしく在ることよりも、場の空気や周りの人達に合わせる・集団の中で自分や他者の立ち位置を神経質に伺うところがあるから一層難しいですね。
自尊心の問題もあります。小さい頃から自分の自尊心を高めてくれるような言葉をかけてもらっているかは大きい。そしてその過程で傷ついたり行き過ぎた時に、正しく修正してもらったり愛を送ってもらえる大人のいる環境に育っている人がどれだけいるでしょうか。はっきり言って少ないと思います。
でもそれを恨んでいてもしょうがない。立ち上がりたいのなら立たなければ。自分自身を偽らない生き方をしたほうが人生への納得感は強い、後悔はないはずです。
ただ偽らないことで孤立になるのも、人間の在り方としてちょっと違うのかなぁとも思います(勿論、十人十色というように絶対こうだは人の生き方にはないことが前提ですが)。最近長寿に関しての本を読んでいて思ったのですが、90歳を越えても生き生きとお元気な方達に共通しているのは、自分らしくコミュニティに属し、そこで貢献できる何かを持っていらっしゃるということです。
沖縄のように家族やコミュニティがお年寄りをとても大切にする習慣を持つ地域では、やはりお元気な方が多いようです。
自分のままで周囲に認めらており、孤立せずコミュニティに属することのバランスがとれていて、且つ、何か役に立てているという実感を持つ環境にいることがしあわせな長寿の秘訣なのですね。確かに青汁ではこの充実感は得られなそうです。
私はと言うと、自分がこういう状況をクリエイトしていけるかはまさにフロンティア状態のような気もしています(笑)。私がやっている事は形而上学で、今のところそれがますます面白くなってきているし、どうなるかはわからないけどまだ学びたいし関わりたい。
まあ先は長いし考えても無駄ですね。明日のことを思い煩うなとイエスも言っているし。
でも意図は持っておきたいかな。意図がエネルギーに反映され、エネルギーにあるものが人生には起きてくるので。そしてそこに神の最善の視点が介在されるのだと私は思っています。
お申込みお待ちしております:irise(イリゼ):エンジェルライトワーカー、エネルギーの目で視た人生、人間関係、心身の健康のアドバイス HP:サイキックリーディングウィズエンジェル、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座
自分自身を偽らない事は時に周囲からはみ出すことにもなるだろうし、日本では自分らしく在ることよりも、場の空気や周りの人達に合わせる・集団の中で自分や他者の立ち位置を神経質に伺うところがあるから一層難しいですね。
自尊心の問題もあります。小さい頃から自分の自尊心を高めてくれるような言葉をかけてもらっているかは大きい。そしてその過程で傷ついたり行き過ぎた時に、正しく修正してもらったり愛を送ってもらえる大人のいる環境に育っている人がどれだけいるでしょうか。はっきり言って少ないと思います。
でもそれを恨んでいてもしょうがない。立ち上がりたいのなら立たなければ。自分自身を偽らない生き方をしたほうが人生への納得感は強い、後悔はないはずです。
ただ偽らないことで孤立になるのも、人間の在り方としてちょっと違うのかなぁとも思います(勿論、十人十色というように絶対こうだは人の生き方にはないことが前提ですが)。最近長寿に関しての本を読んでいて思ったのですが、90歳を越えても生き生きとお元気な方達に共通しているのは、自分らしくコミュニティに属し、そこで貢献できる何かを持っていらっしゃるということです。
沖縄のように家族やコミュニティがお年寄りをとても大切にする習慣を持つ地域では、やはりお元気な方が多いようです。
自分のままで周囲に認めらており、孤立せずコミュニティに属することのバランスがとれていて、且つ、何か役に立てているという実感を持つ環境にいることがしあわせな長寿の秘訣なのですね。確かに青汁ではこの充実感は得られなそうです。
私はと言うと、自分がこういう状況をクリエイトしていけるかはまさにフロンティア状態のような気もしています(笑)。私がやっている事は形而上学で、今のところそれがますます面白くなってきているし、どうなるかはわからないけどまだ学びたいし関わりたい。
まあ先は長いし考えても無駄ですね。明日のことを思い煩うなとイエスも言っているし。
でも意図は持っておきたいかな。意図がエネルギーに反映され、エネルギーにあるものが人生には起きてくるので。そしてそこに神の最善の視点が介在されるのだと私は思っています。
お申込みお待ちしております:irise(イリゼ):エンジェルライトワーカー、エネルギーの目で視た人生、人間関係、心身の健康のアドバイス HP:サイキックリーディングウィズエンジェル、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座
2014年1月27日月曜日
選択で次の道が出来る
運命は決まっているのか、それとも自由意志で変えられるのか。
最近は、「運命は自由意志で変えられる」と思っている方が圧倒的に多いように思いますし、私も基本的にはそうですね。
リーディングをしていて実感としてわかってきたのですが、人生は1本のレールしかないのではなく、ところどころでレールが何本かに分かれるタイミングがあり、そこで行き先を決められます。というか、決めなくてはならない。
旅の中継ぎ地点でホームに一旦降りれるタイミングが定期的にあるのです。そこでどうするか選択することで、それに合った道が出来、それに合った世界が広がる。
未来は一つの方向だけではないのだなと感じています。どんな選択をするかはとても大きな成長のポイントなので、天使や目に見えないティーチャー達は注意深く見守り、私達の自由意志を奪わないようにします。つまりどうするかは、最終的に私達に選ばせることは多いです。
しかし時には自由意志ではなく強制的にある電車に乗らなくてはいけないこともあるかも知れません。特に生まれてからある時点までは、自分が乗る電車は選べませんよね。しかしどちらも、あるところまで来たらまた選択できるようになります。
そのまま同じ電車に乗り続ける人もいるだろうし、他の電車に乗り換える人もいるだろうし、場合によっては今乗っている電車はそこから先に進めないから、降りるしかないこともあるでしょう。
自分はどの電車に乗ればいいのか。安全な道ばかり選んでいたら、世界は小さくなり、広がっていかない感じになることはよくありますし、頭に従った判断ばかりでは、心は大抵不満を抱き始めます。
漫然と今の電車に乗っていることに疑問を感じ、一旦降りて駅のホーム内でコーヒーを飲みながら、どうするか考えてみたくなることもあるでしょう。ブレイク時間を過ごす時は、人の雑踏で自分が取り残されているような気持ちにならないことが大切ですね。ゆったり心の内側に入ると、インスピレーションが降りてきます。勇気が湧いてくることもあるでしょう。
いずれにしても、また時間が来たら、或は再び次の乗り換え地点に来たら、「○○行き」「☆☆行き」etcの電車はホームにやって来るので、そこでどうするか決めれます。
電車に乗ったら、とりあえず次のホームで降りるまではその道を体験することになるでしょう。肉体は一つしかないので、あれを選んだらこれは選べないということも時には出てきます。あれを選んだらこうはならなかったという事も起ってくるでしょう。身動きがとれないこともありますが、しかしいつでも、そこでどうするかという心の選択は出来ます。
不摂生がたたって40代で身体を壊した人が、自分の身体を省みないまま進むのか、そこでより健康を意識した生き方に変えるかで、残りの人生も変わるだろうし(亡くなる前にどれだけ元気に生きられるかとか)、あらかじめ「大体このあたりで…」と考えていた寿命さえ、私は変えられるんじゃないかなと思っています。
最近は、「運命は自由意志で変えられる」と思っている方が圧倒的に多いように思いますし、私も基本的にはそうですね。
リーディングをしていて実感としてわかってきたのですが、人生は1本のレールしかないのではなく、ところどころでレールが何本かに分かれるタイミングがあり、そこで行き先を決められます。というか、決めなくてはならない。
旅の中継ぎ地点でホームに一旦降りれるタイミングが定期的にあるのです。そこでどうするか選択することで、それに合った道が出来、それに合った世界が広がる。
未来は一つの方向だけではないのだなと感じています。どんな選択をするかはとても大きな成長のポイントなので、天使や目に見えないティーチャー達は注意深く見守り、私達の自由意志を奪わないようにします。つまりどうするかは、最終的に私達に選ばせることは多いです。
しかし時には自由意志ではなく強制的にある電車に乗らなくてはいけないこともあるかも知れません。特に生まれてからある時点までは、自分が乗る電車は選べませんよね。しかしどちらも、あるところまで来たらまた選択できるようになります。
そのまま同じ電車に乗り続ける人もいるだろうし、他の電車に乗り換える人もいるだろうし、場合によっては今乗っている電車はそこから先に進めないから、降りるしかないこともあるでしょう。
自分はどの電車に乗ればいいのか。安全な道ばかり選んでいたら、世界は小さくなり、広がっていかない感じになることはよくありますし、頭に従った判断ばかりでは、心は大抵不満を抱き始めます。
漫然と今の電車に乗っていることに疑問を感じ、一旦降りて駅のホーム内でコーヒーを飲みながら、どうするか考えてみたくなることもあるでしょう。ブレイク時間を過ごす時は、人の雑踏で自分が取り残されているような気持ちにならないことが大切ですね。ゆったり心の内側に入ると、インスピレーションが降りてきます。勇気が湧いてくることもあるでしょう。
いずれにしても、また時間が来たら、或は再び次の乗り換え地点に来たら、「○○行き」「☆☆行き」etcの電車はホームにやって来るので、そこでどうするか決めれます。
電車に乗ったら、とりあえず次のホームで降りるまではその道を体験することになるでしょう。肉体は一つしかないので、あれを選んだらこれは選べないということも時には出てきます。あれを選んだらこうはならなかったという事も起ってくるでしょう。身動きがとれないこともありますが、しかしいつでも、そこでどうするかという心の選択は出来ます。
不摂生がたたって40代で身体を壊した人が、自分の身体を省みないまま進むのか、そこでより健康を意識した生き方に変えるかで、残りの人生も変わるだろうし(亡くなる前にどれだけ元気に生きられるかとか)、あらかじめ「大体このあたりで…」と考えていた寿命さえ、私は変えられるんじゃないかなと思っています。
2014年1月4日土曜日
エネルギーの目で苦労や苦悩を視る
今日から私はお仕事スタートです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。メールのお返事や年末に出来なかった入金確認のメール等、順次行っていきますね。
まずお知らせをいくつか。2014年スペシャルリーディングセッションは31日迄となります。そして15日までが特別料金になっておりますので、希望される方はお早目にお申込みください。
また、個人レッスンをお申込みされる方にpaypalでのお支払いも受け付けることにしました。詳細はこちらをご確認ください。
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ここ数年、左脳的な判断やジャッジを捨て、極力エネルギーの目、エネルギーの世界で物事を見るよう心がけてきました。
それで私が今感じていること。所謂「実体験」の苦労に比べ、内面的な苦労、こちらは"苦悩"という表現がよりふさわしいかも知れませんが、後者はどちらかというと軽んじられやすく、甘えと結びつけ批判される事もありますよね。
でも実体験の苦労であろうが内面の苦悩であろうが、それがその人にダメージを与えるのなら、エネルギーの目で見ればどちらが重いとか軽いとか関係ない、語れないものなのです。
表面的には何不自由ない生活を送っている人でも、何十年も「私は生きていてもなんの価値もない」と思っているなら、それがエネルギーの目で視て「軽いもの」として出ているはずがありません。
内面の苦悩が最終的に身体的な疾患として出てくることは比較的広く受け入れられているのに、苦労は実体験の量で語られがちで、苦悩を乗り越えられない人間の弱さは批判されがちな面があるのは残念です。
でも後者の人も苦悩を乗り越えていかなくてはならない。どうすればいいか。方法は色々あると思いますが、まず周囲の意地悪な批判や嘲笑や落ち込ませる考えや価値観をシャットアウトすることが大切かなと思います。そのかわり、他人を変えたいと思うこともやめる。「私をわかって」という発信は他者をイラつかせ、関係をますます意地悪なものにすることがあります。
誰かに何かをしつこく要求したり、拒絶をおそれて自分を曲げる前に、相手の在り方に敬意をはらい(必死で生きていない人は誰もいないのだから)、自分の在り方も信じる。他人に振り回されがちな人、他者の承認を求めがちな人は、("明るくさわやかに、できるだけ相手に伝わる表現で")「ノー」を言う練習をすることでバウンダリーがしっかりしてきます。
その時多少の軋轢はあるかも知れないけれど、その後は一番いい関係や距離感を築いていけるはずです。そのうち「ノー」を言わなくてもナチュラルに交通整理が行われていくようになります。エネルギーとはそういうものだからです(笑)
だからと言って、「自分は孤独で、わかってくれる人は誰もいない」と思って生きる必要もないです。どんな時も必ず理解者は現れてくるから。
そして頭ではなく良心の声に従うこと。状況を変えられないように感じる時も、常にそこから何を選択するかは、自分で決められることを思い出すことです。
どんな時も、解決策や突破口は必ず見いだせることを忘れないことだと思います。
解決策がなかなかみつからない時、私は「素晴らしい解決策は、あなたが考もしなかったようなびっくりするほど素晴らしいもので、深いやすらぎをともなっているものだ。それはあなただけでなく周りの人も幸せにする」という言葉を思い出し、それを信じるようにしています。
長々と書いてしまいました。他にもいろいろ方法はあるのだろうと思いますが、実を言うと究極の答えはあなたの意志一つです。
2014年スペシャルイヤーリーディングセッション(期間限定)お申込み受付中
irise(イリゼ)HP:エンジェルリーディング&サイキックリーディング・ヒーリング、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座2013年1月17日、18日、埼玉県ふじみ野市でスペシャルセッション&ヒーリング行います(キャンセル待ち受付中)
2013年12月24日火曜日
まず愛の目で見る
天使からのメッセージを受け取る練習をする時、多くの人が感じるのは、「本当にこれがメッセージなのか。私の想像、創作ではないか」という気持ちだと思います。私もそうでした。
でもそこで止めずに続けていくと、必ず「これは私が作ったのではない」と思えるメッセージを受け取るようになっていきます。
私の場合は、「なぜ"あなたの"絶対にこだわるの!?」というメッセージを受け取るようになった時、自分の想像を越えていると思うようになりました。「なぜあなたの絶対にこだわるの!?」というメッセージは、その時の自分には考えたこともない視点・発想でしたから。
それはメッセージを受けとる練習を始めて、(ほぼ毎日やって)半年は経っていたと思います。もっと経っていたかも知れません。
そして何を聞いても、しばらくはこの返事しかほぼ返ってこない状態が続きました笑
時にムシャクシャしながらも耳にタコができそうなほど繰り返しこの言葉を聞かされたことによって、結果として私は大きく変わったと思います。
そして最近私ととても繋がりが強くなった女性の守護天使さんがいて、その守護天使さんは何においても「まず愛して」「まず愛の目で見て」「常に愛をもって向き合って」と私に伝えてきます。
その対象が、自分自身であっても、第三者であっても、植物であってもです。
今のところそれしか言ってこないと言ってもいいくらいで、「どうしたらいいの」と聞いても「まず愛の目で見るのよ」という感じなのです。
今、私は植物とより右脳的に繋がりたいと思っています。そのためには、何か具体的に方法があるのかと色々聞いても、「まずは愛の目で向き合って」という感じなのです。
ここでの愛は恋愛のような愛というより、理解と思いやり、内側から自然に湧き上がってくる感情の一つとしての愛でしょうか。時に忍耐強さともつながってくる愛かも知れません。
愛を持って向き合うという言葉は、精神世界では常套句といってもいいくらいよく使われる言葉ですけど、誰に対しても何事においてもそうかと言われると、さすがにこの言葉を日常のすみずみにまで、魂に浸透するかのようには実践できてはいないと思います。なかなか修行要素も高い言葉なのですよね。
そして愛の目で物事を見るためには、常に自分自身にエネルギーを残す、エネルギーのある状態にしておく必要があるんだなと思います。自分を受容し、大切にし、自分のエネルギーをきちんと残し、蓄えておく必要がある。それがうまくできていれば、ただ我慢するとか犠牲になることはない。
私が愛の目で物事を見れる範囲が今より広がったら、この守護天使さんは次の言葉を私に伝えてくるのかも知れません。
2014年スペシャルイヤーリーディングセッション(期間限定)お申込み受付中
irise(イリゼ)HP:エンジェルリーディング&サイキックリーディング・ヒーリング、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座2013年1月17日、18日、埼玉県ふじみ野市でスペシャルセッション&ヒーリング行います(キャンセル待ち受付中)
でもそこで止めずに続けていくと、必ず「これは私が作ったのではない」と思えるメッセージを受け取るようになっていきます。
私の場合は、「なぜ"あなたの"絶対にこだわるの!?」というメッセージを受け取るようになった時、自分の想像を越えていると思うようになりました。「なぜあなたの絶対にこだわるの!?」というメッセージは、その時の自分には考えたこともない視点・発想でしたから。
それはメッセージを受けとる練習を始めて、(ほぼ毎日やって)半年は経っていたと思います。もっと経っていたかも知れません。
そして何を聞いても、しばらくはこの返事しかほぼ返ってこない状態が続きました笑
時にムシャクシャしながらも耳にタコができそうなほど繰り返しこの言葉を聞かされたことによって、結果として私は大きく変わったと思います。
そして最近私ととても繋がりが強くなった女性の守護天使さんがいて、その守護天使さんは何においても「まず愛して」「まず愛の目で見て」「常に愛をもって向き合って」と私に伝えてきます。
その対象が、自分自身であっても、第三者であっても、植物であってもです。
今のところそれしか言ってこないと言ってもいいくらいで、「どうしたらいいの」と聞いても「まず愛の目で見るのよ」という感じなのです。
今、私は植物とより右脳的に繋がりたいと思っています。そのためには、何か具体的に方法があるのかと色々聞いても、「まずは愛の目で向き合って」という感じなのです。
ここでの愛は恋愛のような愛というより、理解と思いやり、内側から自然に湧き上がってくる感情の一つとしての愛でしょうか。時に忍耐強さともつながってくる愛かも知れません。
愛を持って向き合うという言葉は、精神世界では常套句といってもいいくらいよく使われる言葉ですけど、誰に対しても何事においてもそうかと言われると、さすがにこの言葉を日常のすみずみにまで、魂に浸透するかのようには実践できてはいないと思います。なかなか修行要素も高い言葉なのですよね。
そして愛の目で物事を見るためには、常に自分自身にエネルギーを残す、エネルギーのある状態にしておく必要があるんだなと思います。自分を受容し、大切にし、自分のエネルギーをきちんと残し、蓄えておく必要がある。それがうまくできていれば、ただ我慢するとか犠牲になることはない。
私が愛の目で物事を見れる範囲が今より広がったら、この守護天使さんは次の言葉を私に伝えてくるのかも知れません。
2014年スペシャルイヤーリーディングセッション(期間限定)お申込み受付中
irise(イリゼ)HP:エンジェルリーディング&サイキックリーディング・ヒーリング、個人レッスン~エンジェルライトワーカー養成講座2013年1月17日、18日、埼玉県ふじみ野市でスペシャルセッション&ヒーリング行います(キャンセル待ち受付中)
2013年12月2日月曜日
怒りのエネルギー
リーディングをしていると、クライアントが強い怒りのエネルギーを内包していると感じることが時々あります。表面に出るわかりやすいものではなく、一見抑えていたり、時にはまったく怒りの自覚がなくても、深いところに「怒り」が強く感じられる人です。
内なる怒りに当人が殆ど気づいていないこともあれば、薄々自覚していることもありますが、いずれにしても内包した怒りのエネルギーは、何かその人の人生や魂に解決しきれない複雑な側面があることを表しています。
そして、その怒りのエネルギーは目に見えなくても・本人は自覚していなくても周囲に伝播し、人が離れていくなど人間関係で問題が出たり、人生を難しくしてしまうことがあります。
この怒りは複雑に絡みあっているものの、まずは何に対する怒りが(内包なりにも)一番強く出ているかというのがあって、それはパッと思いつくだけでもパートナーに対する怒り、親に対する怒り、他者から常にバウンダリーを侵害されていることへの怒り、自分の置かれている環境(自分では選べなかった育った環境も含まれる)に対する怒り、創造的な人生を送れていないことに対する怒り、時には過去世からきている怒りなどがあります。
そしてもちろん、その怒りの奥には更に複雑に怒りや失望、悲しみが絡みあい、人生の解決しがたいフラストレーションや問題として現れ、最終的には自分自身に怒りが向かいます。
前述したように内包のなかでもパッとわかる強い怒りがあって、まずはその怒りをどう発散させていくかが最初のステップ、ポイントであるように思います。それによって他の問題もある程度解決されていくことも多いはず。発散させるとは、その怒りに取り組んで、人生に向き合って怒りを癒していくということです。
怒りの要因に取り組むことは時に人生を大きく解体:組み立て直すことになるかも知れないけれど、その後ずっと良くなるのは間違いないし、魂はそれを望んでいるはず。
そして、魂の望みは誰かに叶えてもらうのではなく、やっぱり自分で取り組んでいくものなんです。「でも」「だって」「難しい」では人生は変わらない。
また、強い怒りを抱えていることは決して悪いことではなく、例えそれが怒りという形だったとしても、内側で火のようなエネルギーが燃え盛っているのだと私は感じます。だから、諦念や絶望で火を消して牢獄の中で諦めてしまったようになっている人よりも、ポテンシャルが高いというか、潜在的な変容の力は高くキープできているように思われるのです。
内なる怒りに当人が殆ど気づいていないこともあれば、薄々自覚していることもありますが、いずれにしても内包した怒りのエネルギーは、何かその人の人生や魂に解決しきれない複雑な側面があることを表しています。
そして、その怒りのエネルギーは目に見えなくても・本人は自覚していなくても周囲に伝播し、人が離れていくなど人間関係で問題が出たり、人生を難しくしてしまうことがあります。
この怒りは複雑に絡みあっているものの、まずは何に対する怒りが(内包なりにも)一番強く出ているかというのがあって、それはパッと思いつくだけでもパートナーに対する怒り、親に対する怒り、他者から常にバウンダリーを侵害されていることへの怒り、自分の置かれている環境(自分では選べなかった育った環境も含まれる)に対する怒り、創造的な人生を送れていないことに対する怒り、時には過去世からきている怒りなどがあります。
そしてもちろん、その怒りの奥には更に複雑に怒りや失望、悲しみが絡みあい、人生の解決しがたいフラストレーションや問題として現れ、最終的には自分自身に怒りが向かいます。
前述したように内包のなかでもパッとわかる強い怒りがあって、まずはその怒りをどう発散させていくかが最初のステップ、ポイントであるように思います。それによって他の問題もある程度解決されていくことも多いはず。発散させるとは、その怒りに取り組んで、人生に向き合って怒りを癒していくということです。
怒りの要因に取り組むことは時に人生を大きく解体:組み立て直すことになるかも知れないけれど、その後ずっと良くなるのは間違いないし、魂はそれを望んでいるはず。
そして、魂の望みは誰かに叶えてもらうのではなく、やっぱり自分で取り組んでいくものなんです。「でも」「だって」「難しい」では人生は変わらない。
また、強い怒りを抱えていることは決して悪いことではなく、例えそれが怒りという形だったとしても、内側で火のようなエネルギーが燃え盛っているのだと私は感じます。だから、諦念や絶望で火を消して牢獄の中で諦めてしまったようになっている人よりも、ポテンシャルが高いというか、潜在的な変容の力は高くキープできているように思われるのです。
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